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【ひげセンセの健康を学ぶ】第8回 痛みを乗り越え打ち勝つのはおかしい

スポーツの世界では、痛みや怪我を”乗り越えて”結果を出した選手は”褒め称えられる”。試合が終わると、痛めた箇所の激痛は再燃し腕も上げられない、歩くこともできない、抱えられて試合会場から去る姿には賛辞の拍手が送られる。

さて、筋力トレーニングの世界では、”それは違う”。なぜ違うのか、を解説してみたい。

進化の中で発達した痛み

僕たち動物は、動きながら”餌”を得る。その餌は自分にとって”有用”なのかを判断しなくてはいけない。だから、判断するための”装置”を身につける。それが感覚である。

”超”原始的な動物なら、口を開けたまま水の中を移動して、水ごと入ってくるものの中で”引っかかっている”ものを餌をしていた。水や余計なものを捨てる隙間も大小様々なパターンを試した。

口を開けているだけでは、大きなものも入ってくる。今でも”丸呑み”する生き物は多い。でも、最初から、それを細かくすればもっと効率良く取り入れられる、と歯や顎ができてくる。

それでも、変なものも入ってくる。だから入ってくる前に、チェックするメカニズムを後付けした、それがビジュアルになら目、匂いなら鼻、味なら舌など。口の周り、中には、たくさんの”感じる”装置が発達していく。

それでも、有害な物が入ってきたしまう時、一気に押し戻すメカニズムも付けた(嘔吐、咳き込み)。口の周りにそんな感覚器官が発達してくると、顔という構造物が生まれてくる。たくさんの構造物があるので、個性豊かな”個体差、個人差”が生まれる。

痛みとは何か

では、痛いという感覚は何だろうか?それを僕たち人間で説明してみよう。

自分の皮膚を見るだけなら何も感じないだろう。でもペンなどで触ってみると、触ったと同時に”触ったこと”は分かる。誰かに同じようにされても危機感はない。

そして、そのペンを強く押してペン先が尖っていたら、ビクッとするだろう。自分ならまだしも知らない人から突然そんなことをされたら、その場を離れる。これが”痛み”を感じ、その痛みを”受け取った”あと生じる動きである。

危機から遠ざかる動物としての危険処理行動だ。

二種類の痛み

トレーニング中、バーベルからあるいはラックからプレートを持つ、その時ふと握りが甘かったりして、足に落としてしまうことがある。落ちてきた瞬間、ぎゃっと驚きその場を離れる。先に述べた動物としての瞬時の危険から去る反射行動である。

そして、その後、じわじわと痛みが襲ってくるだろう。突然の痛みとは違う、じわじわジクジク、そして不愉快な感覚。そう、まず、瞬時に中枢に向かって危険信号を送る道とは別の”振り返り”学習経路を設けてある。その場をとにかく去って(瞬時に伝えて)、それから、何が起こったのか、どこが、どのくらい、それを持続的に信号を送り続けることで、”主人”に”悟らせるのである。

丁寧に鞘で包まれた神経繊維が、瞬時の痛みを脳に送り、その後、鞘が薄い繊維を使って情報を送り続けるシステムがある。このシステムは、皮膚だけでなく、臓器の周りにある膜にも配置されていて、もちろん筋肉を包む膜、腱、関節周囲にも標準装備されている。

解剖学的には、痛みを高速で伝えるものを有髄神経繊維、ゆっくりじわじわ伝える道を無髄神経繊維と呼ぶ。

身体から発する声

人の身体は、兆を超える細胞の集まりである。人間社会と同様、集団を構成する人間の数が増えてくると、リーダーが絶対に必要になってくる。

そのリーダーの役割を行うのが中枢神経である脳。遠く離れた場所にある臓器、組織は全て一つの細胞から増えていった自分の分身である。

寿命の短い”自己犠牲的”役割に特化した分身もいるが、丁寧に時間をかけて作り上げた臓器や組織は大切に維持したい。そこで、臓器や組織を包む膜にセンサーを配置した。それが神経という道、すなわち膜に起こった変化の情報をキャッチして、脳に報告(求心性)し、かつ脳からも行動を起こす命令を下す(遠心性)システムである。

脳に向かう情報の主役が痛みという感覚である。だから、この声、情報は四六時中、脳に伝わっている”はず”であるし、脳はそれに対応する準備も出来ている。大脳に到達する前に、痛みは記憶として蓄えられ、かつ、古い脳にも”情動”として伝わる。

声を消す人間

痛いという感覚は不快である。人は、嫌なものを見たくない、感じたくない。大昔から、この不快な感覚を少しでも和らげようと工夫してきた。

その中で最も”素晴らしい”発見と技術が”創薬”である。最初は別の生き物(特に植物)を、そしてその成分を抽出、今は、合成まで可能である。

合成は、試験管の中から、パソコンの中へ移り、仮想空間で多くの薬が生み出され市場に出ていく。痛みという情報も分子レベルで理解されるようになり、分子レベルでその痛みをブロックできる時代になってきた。

そう、身体が発する声を”消してしまう”時代なのだ。

時間を節約した結果

ちょっと膝が痛い、肘が痛い、鎮痛剤飲んでおこう。時に筋肉痛でも服用する。なぜ、膝や肘がトレーニングで、日常生活でさえも痛いのか?

振り返ることもしない。痛いという声を、どんなふうに痛いのかという違いすらも消してしまう。消してしまえるので、飲み続ける。その間に、声を発していた組織を包み込む膜は壊れ、声が届かなかったために、レスキューのインフラもできることなく、構造物は壊れていく。

一度壊れたものは2度と戻らない。安易な医療者も患者も、それを金属に変えてしまおうとまで思う。

蓄積する怖さ

痛みを消し続ける、無視し続けることで、関節や筋肉、そして連鎖的に他の臓器も壊れていくが、大切な危険信号が伝わらない結果、それを受け取る脳も活動を低下させる。

刺激がないのだから当たり前である。

動物は危険を達したらその場を去るのか、あるいは戦うのか、瞬時に判断しながら、進化してきた。

その進化すら、便利だからと勝手に作り出した薬剤で消してしまう愚行を考え直してほしいと思う。

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昭和32年生まれ 経歴:昭和57年宮崎大学(旧宮崎医科大学)医学部卒業  専門分野 脳脊椎脊髄外科 昭和57年からボデイビルを始める。ミスター東九州、ミスター広島(いずれもNBBF)優勝、NGAマスターズ優勝(USA)のタイトル。41歳で競技引退。 平成25年まで某ボデイビル月刊誌にて連載。筋トレセミナーを各地にて開催。その他、三輪書店、メディカルビュー社から外科手術用教科書執筆(共著) 趣味:ボデイビルトレーニング、筋トレマシン収集、読書、ピアノ 「ひげセンセのブログ」https://ameblo.jp/asaminaosan/

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